とりあえず無題

とりあえず無題

流れを大事にしています

やはり俺の予備校生活は間違っている。

 

 

 高校三年生の夏。

 

 

 

 それは受験の天王山とも呼ばれ、これまで勉強から目をそらし続けてきた者たちが、否が応でも自分の実力と向き合い、他者と競うことを余儀なくされる地獄の季節である。

 

 

 

 この時期にもなれば自分も一人孤独に自習室の机に向かい、ひたすら数字と文字の羅列と格闘し続けているだろう。

 

 

 

 そう考えていた時期が俺にもありました。

 

 

    

    ◇

 

 

 

「ねえねえヒッキー!この問題ってほーていしき?を解くところから始めたらいいかな...?」

 

 

由比ヶ浜さん、比企谷君に数学の質問をするのはそこら辺にいる虫に生きる意味を問うより無意味なことよ。そもそもその問題はx等の文字が含まれていないからそもそも方程式ですらないのだけど。あと、ちょっと距離が近すぎるような…...。」

 

 

 

「ぬぽぽぉぉん!八幡よ!今日の国語の授業の文章は、かの著名な文筆家が書いたにしてはイマイチの出来であったな!なぁに、後10年もすれば我剣豪大将軍作のラノベが受験問題界を席巻するのだがなぁ!」

 

 

 

 一人孤独に机に向かっているはずだった俺は、なぜか予備校の休憩時間にいつもの奉仕部のメンツと昼食を食べることになっていた。もう一人誰か知らないやつがいる気もしなくもないが、そいつのことは心底どうでもいい。

 

 

 

 だって材木座俺の方ばっかり向いて話てくるからうっとおしいんだもん..….。

 

 

 

 しかし、材木座はともかく、他の奉仕部女子二人は教室にいれば必ず目が留まる見目麗しい容貌なだけあって、畢竟その2人と会話をしている俺にも注目が集まる。

 

 

 

 かつて誰にも相手にされない何なら見えないを売りにしていたステルスヒッキーとして某国に標準装備されただけあって、こういった衆目を浴びるのは慣れていない。まあ、自分がその立場なら美女二人に囲まれている男に怨嗟の視線を投げかけていたのは疑う余地がないので何とも言いづらいのだが。

 

 

 そもそもなぜこのような経緯に至ったのか。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 俺は一学期のある日、雪ノ下と一緒に予備校の体験授業へと行き、その帰りに寄ったカフェで思い出しただけで自刃したくなるこっぱずかしい迂遠なやり取りの末に、俺と雪ノ下は同じ予備校へ通うこととなった。そこまでは良い。

 

 

 

 だが問題はそこからだ。その翌日、教室でいつものように自分の机に突っ伏して混沌とする世界情勢と今期の深夜アニメの出来について思いをはせながらまどろんでいたところ、突然つむつむと肩を指で揺らされた。

 

 

 

 急に肩に予想だにしていなかった感触を受けた結果、ガタビクッと全身を震わせて跳ね起きた俺がその指の持ち主の方へ振り向くと、そこには心底おびえた様子の由比ヶ浜がいた。

 

 

 

「え、何今の動きキモっ……。や、やっはろー!ごめん起こしちゃって。」

 

 

「気遣いの言葉の前に本音が漏れちゃってるんだよなぁ……。」

 

 

「ほんとごめん!ガチでキモくて口が先に動いちゃって……。」

 

 

「……フォローと見せかけて着実に心を削ってくるその立ち回りなんなの。civで高級資源売りつけてきたと思ったら即開戦してくる脳筋頭脳プレイなの?」

 

 

「ほんとごめんって……。あ、ヒッキー今ちょっと時間良いかな?」

 

 

 腰を曲げて両手を重ね合わせて心底申し訳なさそうにしている由比ヶ浜にを見て、ふっと破顔する。そして、こんな教室でのなんて事のない由比ヶ浜とのやり取りがひどく懐かしいものに感じる。

 

 

 

 

 俺と雪ノ下と由比ヶ浜の3人の奉仕部の関係性は、奉仕部で出会ったその瞬間から絶え間なく変化し続け、そして今年の春にまた大きな転機を迎えた。

 

 

 

 

 もちろん新学期を迎え、由比ヶ浜と俺はクラスが別々になったことも大きいが、由比ヶ浜は俺達に気を遣ってか、奉仕部の部室以外で積極的にかかわりを持とうとすることが少なくなった気がする。

 

 

 もちろん奉仕部の中では新しく入部した小町や、部員でもないのになぜか入り浸っている一色の手前、今まで通りの関係を維持しているつもりだが、それもうまくできているかはわからない。

 

 

 俺の方も元から少なかったとはいえ、自分から由比ヶ浜に対してなんとなく声をかけづらい雰囲気になってしまっていて、お互いの距離はあの一件以来ほんの少しずつ遠いところに来てしまった気もする。

 

 

 もちろん、変化していくことを含めての決断であったし、こういった事態も想定済みではあったが、いざ直面してみると少し寂しい気持ちもある。まあ、こんな感情を抱くのも酷く手前勝手で彼女に対して失礼なことなのかもしれないが。

 

 

 そんな風に物思いにふけってボーっとしている俺を不審に思ったのか、由比ヶ浜はこちらを見つめてキョトンと首を傾けて、先ほどの問いの答えを問うてきたので手短に返答する。

 

 

「ああ、俺は構わないが。場所変えるか?」

 

「ありがとヒッキー!すぐに済む話だからここで大丈夫!えっと……」

 

 

 妙にためを作って緊張した面持ちの彼女から発せられる言葉の裏に、事前にどんなやり取りがあって、これからどんな大波乱を巻き起こすのかを、この時の俺は当然知る由もなかった。

 

 

 

「ヒッキー、予備校ってどこにするか決まってる?」